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2005.02.28

平成10年の学習指導要領の意義と可能性

 現在,『学習指導要領の全面改訂は急がなければならないのか』というタイトルの原稿を執筆中である。今日は,その一部を抜粋して,紹介したい。

 筆者は,平成10年12月に告示された小中学校の学習指導要領は,我が国の教師たちにとって,実に大きな可能性をもたらすものであると考えているので,なおいっそう,現行学習指導要領の枠組みを堅持すべきであると主張したい。
 それは,「総合的な学習の時間」の創設や中学校の選択履修幅の拡大などに象徴される「学校を基盤とするカリキュラム開発」の萌芽である。前者について,その可能性を再確認しておこう。
 筆者は,「総合的な学習の時間」創設の意義を,いわゆる「ゆとり教育」の体現にあるとは思っていない。学習指導要領総則に記された,この時間の「ねらい」からしても,そのようには解釈しがたい。実際,「総合的な学習の時間」の実践研究の経験が豊かな学校では,「ねらい」を具体化しながら学年目標を定め,それに応じた評価規準を準備しているところも少なくない。最近では,平成15年12月の学習指導要領の一部改正により,「ねらい」に加えられた「教科等との関連」を踏まえ,「総合的な学習の時間」における内容・活動に,適切な形で,教科のものをオアーバーラップさせる実践も増えてきた。例えば,先日,ある小学校5年生の子どもたちが,社会科で,自動車産業について探究的な学習を展開した後,「総合的な学習の時間」において,その成果を精錬させて発信する場面を見学することができた。新しい車の環境への配慮を実験結果に基づいて主張する(理科),安全を確保する技術を満載した車を美しいポスターにして表現する(図工),その特徴をキャッチコピーにまとめる(国語),事故数の減少等を分かりやすいグラフで示す(算数)といった活動の子どもたちは従事していた。近未来の夢の車をデザインするという創造的な学びにたずさわりながら,子どもたちはごく自然に教科学習の復習をも繰り広げていたのである。
 「総合的な学習の時間」は,教科学習と対立するものではない。その可能性は,やはり学習指導要領の一部改正で強調された「学校としての全体計画」の作成にある。つまり,「ゆとり」ではなく,学校裁量権の大きさに,この時間創設の今日的意義を求めるべきだ。
 これまでも,確かに,「教育課程は学校で編成」するものであった。しかし,その理念が学校現場で具体化されていたかというと,そうではなかった。教師たちは,学習指導要領の内容と指導上の留意点,そしてそれを体現した教科書,指導書に束縛されて,指導と評価を展開していた。それが,眼前の子どもたちの実態と乖離していることを感じつつも――。
地域や学校を単位とする教育課程編成の尊重,それを可能にする教授組織や学習環境(情報手段,外部人材など),そしてそれらを点検・評価する仕組み(例えば学校評議員制度,開かれた学校づくりなど)という,教育界における規制緩和の試金石という性格が,「総合的な学習の時間」創設のもうひとつの,そしてより重要な意味なのである。中学校における「選択履修幅の拡大」についても,同じ意義を確認することができよう。
 昭和20年代,学習指導要領が「試案」であった時代にも,各地で地域教育計画が作成され,実践された。その思想を,現行学習指導要領は復活させ,また実現のための方策をリニューアルさせた。教育課程の作成と運用に関するパラダイムの(再)転換が試みられたという点からも,現行学習指導要領への期待は大きい。こうした点からも,筆者は,それを全面改訂することに,ためらいを禁じ得ない。

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Comments

はじめまして。
更新される度に読んでいます。いつも参考にしています。
私は今回の記事の内容と同意見です。
日本では教師に限らず研究者でもカリキュラムに対する関心は低かったように思います。
総合的な学習の時間の導入によってカリキュラムへの関心が高まるのではないかという期待を持っていました。
けれども、実際にはそういった関心は高まらずに、ついには削減というようなことも言われ始め、廃止してもらいたいという人もいます。
しかし、教師は本来ならカリキュラムに関心が向いていくべきだと思います。
何を学ぶのかというのはカリキュラムによって左右されるものだと思うからです。
私は、台湾のカリキュラムについていくらか研究しているのですが、日本にとって非常に参考になることが多いように感じています。
同じアジア圏で同じ時期に教育改革を行い、教科もほとんど同じ構成になっている。総合も生活科も存在している。
台湾と比較する中で日本の教育のあり方なども見えてくると私は思います。

Posted by: kaikai | 2005.03.01 04:11 PM

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