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2005.02.28

平成10年の学習指導要領の意義と可能性

 現在,『学習指導要領の全面改訂は急がなければならないのか』というタイトルの原稿を執筆中である。今日は,その一部を抜粋して,紹介したい。

 筆者は,平成10年12月に告示された小中学校の学習指導要領は,我が国の教師たちにとって,実に大きな可能性をもたらすものであると考えているので,なおいっそう,現行学習指導要領の枠組みを堅持すべきであると主張したい。
 それは,「総合的な学習の時間」の創設や中学校の選択履修幅の拡大などに象徴される「学校を基盤とするカリキュラム開発」の萌芽である。前者について,その可能性を再確認しておこう。
 筆者は,「総合的な学習の時間」創設の意義を,いわゆる「ゆとり教育」の体現にあるとは思っていない。学習指導要領総則に記された,この時間の「ねらい」からしても,そのようには解釈しがたい。実際,「総合的な学習の時間」の実践研究の経験が豊かな学校では,「ねらい」を具体化しながら学年目標を定め,それに応じた評価規準を準備しているところも少なくない。最近では,平成15年12月の学習指導要領の一部改正により,「ねらい」に加えられた「教科等との関連」を踏まえ,「総合的な学習の時間」における内容・活動に,適切な形で,教科のものをオアーバーラップさせる実践も増えてきた。例えば,先日,ある小学校5年生の子どもたちが,社会科で,自動車産業について探究的な学習を展開した後,「総合的な学習の時間」において,その成果を精錬させて発信する場面を見学することができた。新しい車の環境への配慮を実験結果に基づいて主張する(理科),安全を確保する技術を満載した車を美しいポスターにして表現する(図工),その特徴をキャッチコピーにまとめる(国語),事故数の減少等を分かりやすいグラフで示す(算数)といった活動の子どもたちは従事していた。近未来の夢の車をデザインするという創造的な学びにたずさわりながら,子どもたちはごく自然に教科学習の復習をも繰り広げていたのである。
 「総合的な学習の時間」は,教科学習と対立するものではない。その可能性は,やはり学習指導要領の一部改正で強調された「学校としての全体計画」の作成にある。つまり,「ゆとり」ではなく,学校裁量権の大きさに,この時間創設の今日的意義を求めるべきだ。
 これまでも,確かに,「教育課程は学校で編成」するものであった。しかし,その理念が学校現場で具体化されていたかというと,そうではなかった。教師たちは,学習指導要領の内容と指導上の留意点,そしてそれを体現した教科書,指導書に束縛されて,指導と評価を展開していた。それが,眼前の子どもたちの実態と乖離していることを感じつつも――。
地域や学校を単位とする教育課程編成の尊重,それを可能にする教授組織や学習環境(情報手段,外部人材など),そしてそれらを点検・評価する仕組み(例えば学校評議員制度,開かれた学校づくりなど)という,教育界における規制緩和の試金石という性格が,「総合的な学習の時間」創設のもうひとつの,そしてより重要な意味なのである。中学校における「選択履修幅の拡大」についても,同じ意義を確認することができよう。
 昭和20年代,学習指導要領が「試案」であった時代にも,各地で地域教育計画が作成され,実践された。その思想を,現行学習指導要領は復活させ,また実現のための方策をリニューアルさせた。教育課程の作成と運用に関するパラダイムの(再)転換が試みられたという点からも,現行学習指導要領への期待は大きい。こうした点からも,筆者は,それを全面改訂することに,ためらいを禁じ得ない。

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2005.02.26

学力向上を目指す学校の改革プラン

 23日,ベネッセ教育総研との共同研究で実施した学力調査の結果から,学力実態には5つのパターン(理想型,平均型,不振型,特色型,弱点型)が確認されたことを記事にした。今日は,その続編として,よりよい学力を目指す学校の改革プランについて,紹介してみよう。
 不振型や弱点型の学力パターンから脱却し,理想型の学力パターンを示す学校に変貌を遂げるためには,いかなる学校改革に着手すればよいのであろうか。
 不振型と弱点型の多くの場合に共通しているのは,学校の経営力不足,すなわち,学校長等のリーダーシップ不足だ。これの充実が,子どもたちの学力向上への絶対的条件であることを,今回の調査研究は浮き彫りにしてくれた。
 弱点型から平均型へ,また特色型から理想型へと学力パターンを進化させる際に鍵を握っているのは,家庭の教育力であった。子どもたちの学力をよりバランスのよいものにする時には,教師,それを促す学校の取り組みだけでは十分ではなく,家庭の協力が特に重要になる。
 平均型と理想型の学力パターンを示す学校の違いは,教育力の量ではなく,質である。それはしかも,特定の教育力に限定されるものではなく,あらゆる教育力に共通する問題である。より具体的には,今日的な学力の育成に資する,教師による「プロジェクト的指導」の手だての充実,学校・家庭によるサポート体制の整備を意味している。
 なお,「学力向上を目指す学校の改革プラン」の詳細は,3月末に刊行される報告書をご覧いただきたい。

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2005.02.25

高校生の「学びの基礎力」(個別学力試験での様子から)

 25日,本学の入試(個別学力試験・前期)が催され,私も,大阪予備校会場での監督を仰せつかった。74名が,私が担当する教室で,文学部入試科目(国語,英語)を受験した。
 受験生は皆,真摯な姿勢で試験に臨んでいた。問題冊子や解答用紙を配布すると,ペコリとお辞儀をしてくれる。落とした鉛筆を拾ってあげると,「ありがとうございます」とお礼を言ってくれる。今日の受験の中から,我が大阪市立大学への入学者が出るのだから,見ていて気持ちがよかった。
 そのような態度は,私たちが提唱している総合学力のうち,「学びの基礎力」の一部にあたる。基礎力なのだから,高校生が身につけていて当たり前なのだが,必ずしもそうではない。実は,1月中旬の大学入試センター試験の時も監督を務めたのだが,あの時の受験生の態度はひどかった。時間が来ても着席しない,指示を与えてもそのとおりにはしない,もちろん,あいさつや礼などは皆無である。そのせいで,この時は,2日間の監督が,いつも以上に,苦痛であった。
 高校生の「学びの基礎力」にはずいぶん違いがあることを痛感したので,「授業研究と教師の成長に関する研究ポートフォリオ」に含まれる内容ではないかもしれないが,記事にさせてもらった。

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2005.02.24

校長先生の学び(大阪市立小学校校長会研修会から)

 24日,大阪市教育センターで,大阪市立小学校校長会の研修会が催された。私も,最後の講演「学力向上に向けた学校改革」を担当するために,参加した。
 私の講演に先立ち,2つの研究報告が用意された。1つは,「学校の危機対応および安全管理に関する調査」報告であり,市内の小学校校長を対象とする質問紙調査の集計結果と考察が披露された。もう1つは,教員の育成・評価システムに関する調査の結果についてである。
いずれの話題も,今日の学校経営の最重要課題であり,それらについてていねいな調査を計画・実施なさっているのに感心させられた。校長先生の学びも,大したものだ。
 なお,私の講演資料は,次のとおり。「Kihara05.2.24.pdf」をダウンロード

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2005.02.23

あなたの学校の「学力実態」は?

 私たちは,学力向上について検討する際に,子どもたちの学力を3つの要素から成る,総合的なものであると定義している。教科学力(関心・意欲・態度,思考・判断,技能・表現,知識・理解),学びの基礎力(豊かな基礎体験,学びに向かう力,自ら学ぶ力,学びを律する力),そして生きる力(問題解決力,社会的実践力,豊かな心,自己成長力)である。その実態についてであるが,ベネッセ教育総研との共同研究で実施した学力調査の結果によると,次のような5つの基本パターン(理想型,平均型,不振型,特色型,弱点型)が確認されている。
(1)理想型
 あらゆる学力が平均値を大きく越えている学校である。学力形成において,何ら問題がない。小中学校ともに,このような学校の存在が確認された。
(2)平均型
 3つの学力のいずれについても,平均点近くの得点を得ている場合である。学力実態に大きな問題がないとも言えるが,学力形成について,学校としての特色に欠けるとも言える。
(3)不振型
 (1)とは反対に,あらゆる学力の得点が平均を大きく下回っている学校である。学力向上が学校の焦眉の課題になる。 
(4)特色型
 ある学力だけが,平均点を大きく越え,その充実が目立つ一方で,残る学力については,それほど高い得点が得られていない,ないしはむしろ平均点を下回っている場合である。後者の学力の向上が教師たちの課題となる。理論的には,教科学力,学びの基礎力,生きる力のそれぞれについて,それが特長となる学校が考えられるが,調査結果によると,教科学力の高さを特色とする場合がこのパターンの大半を占めた。
(5)弱点型
 (4)とは反対に,ある学力だけが,平均点を大きく下回り,その向上への取り組みの緊急性が高い場合である。このパターンには,教科学力が学校の弱点となっている場合と,学びの基礎力が学校において問題視される場合とが登場してきた。
 あなたの学校の「学力実態」は,どのパターンに近いだろうか?

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2005.02.22

あなたの学校の「総合と教科との連携」のレベルは?

 学習指導要領の一部改正によって,総合的な学習の時間と教科学習を接続させる営みを実現させることが,教師たちに強く期待されている。教師たちも,それに応えようとして,いくつかの試みを始めている。
 最も単純なものは,総合的な学習の時間の学習内容と教科学習のそれの関連性を確認する場合である。しかし残念ながら,それは,総合的な学習の時間の年間計画を作成する際の取り組みに限定されがちである(レベル1=努力を要する)。例えば,ある学年で水環境について学習する場合,それは,理科の単元○○と国語の教材△△に関係があるから,とりあえずそれを年間計画の「教科との関係」に記してはおく。しかし,実際の学習において,子どもたちに理科や国語の学習を想起させたり応用させたりする手だてや方策を教師たちが採るわけではない。
 総合的な学習と教科学習がより強く結ばれる場合には,教材や情報手段に共通性が確認される。すなわち,教師たちは,総合的な学習の導入場面に,あるいは追究場面で,子どもたちに,教科学習の成果を活用させているだろう(レベル2=おおむね満足できる)。例えば,バリアフリー,ユニバーサルデザイン(福祉)に関する学習を総合的な学習の時間に展開している場合に,社会科で学んだ地域の地形,施設等の設置状況をひもとくよう指示するといった場合がその代表となろう。
 総合的な学習の時間において,教科学習で培う子どもたちの能力・資質を充実させたいと教師たちが願う場合がある。それは,総合的な学習の追究やまとめの様式に教科学習の枠組みを導入し,自然な形で教科学習の復習が成立するよう,活動をデザインすることである(レベル3=十分満足できる)。先のバリアフリー等の学習を例にとれば,自分たちが住む町のバリアフリーについて追究した際に,フィールドワーク等により得た情報を地図にまとめる(社会),その大切さをポスターで訴える(図工・美術),それに配慮した施設の模型を作成する(家庭科,図工・美術)といった活動を教師が子どもたちに示唆すれば,子どもたちは,今日的な課題に関する問題解決的な学習を繰り広げながら,ごく自然に各教科の「技能・表現」を磨いていくことになろう。
あなたの学校の「総合と教科との連携」レベルは,どの段階だろうか?

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2005.02.21

あなたの学校の「少人数指導」のレベルは?

 ここ数年,授業形態の多様化,とりわけ学級を分割する授業形態が学校現場で当然視されるようになった。いわゆる少人数指導の展開である。その背景には,基礎・基本の確実な定着を図るために個に応じた指導の工夫や多様化が必須であり,そしてその一環に少人数学習等,学習形態の工夫が位置づくという考え方がある。
 なるほど,この考え方は,ある意味で正しい。しかし,学習者数を40から20に減じたのだから,それで学力保障が満たされると考えるのは,楽観的すぎる(レベル1=努力を要する)。
 少人数学習においては,まずなによりも,指導者と学習者がコミュニケーションを密に展開しなければならない。教師の独白が続くような授業になるのなら,少人数学習はほとんど効を奏しない。教師と児童・生徒との密な応答・対話を欠いては,児童・生徒がつまずきを感じたり,興味を失いかけたりしたときに,それを意思表示できる関係性が,両者の間に結ばれないからである。発問や指示を工夫したり机間巡視をていねいにしたりして,より多くの子どもと会話を交わすよう,教師が努力している場合に,少人数指導は機能する(レベル2=おおむね満足できる)。
 ところで,少人数学習においては,原学級を分割したコースの中にも依然として個人差が存在する。それは,多くの教師が感じ,悩みを抱くことである。それに対処するために,子ども-教師間のコミュニケーションスタイルの改善に加えて,1つのコース等の中でも,できれば,教材や学習活動に多様性を持たせたい(レベル3=十分満足できる)。換言すれば,少人数に分かれた後のコース別等の学習に多様な教材や活動が準備され,二重,三重に,個を生かす指導が繰り広げられることが望まれよう。
 あなたの学校の「少人数指導」レベルは,どの段階だろうか?

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2005.02.20

あなたの「ファイル活用指導」のレベルは?

 学力向上の必要性が声高に叫ばれるようになって,小中学校の教師たちは,指導の充実を意図し,ワークシートを準備したり,教科書の内容を補足するための資料をプリントにして子どもに配布したりするようになった。小中学校の教室を訪れると,教室の後ろに,子どもたちのファイルが教科別にずらりと並べられている様子をよく目にする。それらは,「きめ細かな指導」を繰り広げるための術として,重要である。
 しかしながら,その可能性は,利用方法の指示を伴うか否かによって,大きく変わってくる。ただワークシートやプリントを綴っているだけ(レベル1)であれば,その効果は半減する。その可能性を生かす教師は,前時までにファイルに残したワークシートや資料を子どもに「再利用」させている(レベル2)。例えば,算数の新しい問題の解法を子どもたちに考えさせる際に,既習事項の応用を,ファイルをひもとかせて促している。単元末におさらいをさせる際には,彼らに,ファイルに蓄積された学習記録を振り返らせて,補充の重点事項を確認させている。
 さらに,ファイル等の活用可能性を最大限に引き出す教師たちは,そのような活用法を子ども自身が判断し,自律的に展開するように,仕組む(レベル3)。つまり,年度始めに,ファイル等の利用法を指示し,子どもたちに,それが問題解決のツールの1つであることを自覚させ,活用の個別化までも実現している。
あなたの「ファイル活用指導」のレベルは,どの段階だろうか?

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2005.02.19

地域の教育力で子どもを育てる(大阪市教育委員会の「はぐくみネット」)

 19日に,大阪市北区の区民センターで,「はぐくみネット」の研究発表会が催された。私は,最後のパネルディスカッションの進行役とまとめを担当した。これは,大阪市の各小学校が地区協議会等とタイアップして展開している学校,家庭,地域の連携プロジェクトだ。学校と地域をつなぐキーパーソンとして,「コーディネータ」を設置しているのがユニークかつ特徴的だ。本年度で3年目,市内120の学校で営まれている。19年度にはすべての小学校,296校で展開される予定だ。土曜日にもかかわらず,500名の定員を越える参加者が集まった。
 研究発表会では,5小学校区の取り組みが紹介されたが,その活動の厚みと多様性は見事であった。特に,安全確保のための情報のWebによる配信,アンケート調査等による活動の評価・改善,学校評価の一環としての展開など,いくつかの新しい方向性が紹介され,はぐくみネットの発展を確認することができた。
 また,パネルディスカッションでは,子どもたちが地域住民と交わる中で,「思いやり」を持つようになったことが紹介された。今の子どもたちに最も必要なものが,地域の教育力で育まれていることを頼もしく思う。
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2005.02.18

子どもたちの「学びの基礎力」の充実(大阪教育大学附属平野小学校の公開研究発表会から)

 18日,大阪教育大学附属平野小学校で公開研究発表会が催された。私も講演依頼を受け,参加した。テーマは,「確かな学びを創り出す学校~カリキュラム改善を視野に入れた評価がはたらく授業づくり」である。例えば,算数や総合的な学習における保護者参画による学習評価,体育における評価セッションなど,評価を活かした授業づくりの妙が実践的に提案された。また,この学校は総合的な学習のカリキュラム開発を先導的に展開してきた学校であるが,その資産が研究に生かされ,どの教科の指導計画にも,他学年の内容との連関などがきちんと示されているのも頼もしいなと感じた。
 さらに,同校は,今年度,「平野の知恵袋」という,学び方等に関する指導方策を教師たちが共同で作成し,それによる「学びの基礎力」の充実にも勤しんでいる。その成果も随所で観察できた。例えば,子どもたちが,教師の指示がなくても自主的にファイルを参照する,ノートは板書を写すだけでなく自分の疑問や想いも記すなど,子どもたちが自律的に学ぶ姿を確認できたからだ。
 生きる力,確かな学力,学びの基礎力をバランスよく育む,平野附小の学校研究のフレームワーク,そしてそれを構築したプロセスは,多くの学校にとって,よきモデルとなろう。
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2005.02.16

事後研で自らの授業をどう語るべきか(同僚を惹きつける自評のやり方)

 16日,ある小学校の校内研に参加した。4時間目に研究授業が催され,それに基づいた協議が14:30から始まった。けっこう長い時間の事後研となった。
 そのおかげで(?),授業者に(この日は3人の協力教授だった),30分も自評の時間が与えられた。しかし,それが災いした。3人がリレーでそれだけの時間を授業の説明に費やしたが,残念ながら,半数くらいの人がsleep状態に陥った。時間の長さも問題であったし,たんたんとした語りも眠気を誘ったように思う。事後研の様式,特に授業者が自評のやり方を工夫しないと,その後の協議が盛り上がらない,ゆえに教師の力量形成に結実しないと,今日もまた思った。
 読者は,校内研で研究授業を実施した時,自評をどう工夫して,同僚の意見を引き出そうとしているだろうか?「受け手の状況を踏まえて」自らの授業を語れているだろうか?

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2005.02.15

「肌がきれいですね」と言われて

 今日は,(あまり?)「授業研究と教師の成長に関する研究ポートフォリオ」には関係のないコメントを(ちょっとだけ関係あるかも,評価規準についてだから)。
 先日,渋谷のNHKで,学校デジタル羅針盤第19回の撮影がおこなわれ,私も,3シーン(6カット)撮ってもらった。キーワードや実践の解説,Q&Aにも慣れてきて,この日は,わずか35分弱で撮影は終了した(羅針盤撮影史上,最短!)。ちなみに,この回のキーワードは,「基礎・基本の定着」だった。
 ところで,撮影前に,例によってメイクをしてもらったのだが,今回もまた,メイク係さんに「肌がきれいですね」と言われた。これで3回連続だ。しかも全部違う人からだった。最初にそう言われた時に,某東京大学のYさんにそれを話したら,「木原さん,メイクさんは誰にでもそう言うんですよ,お世辞を真に受けちゃいけません。」と指摘された。「そうだよな」と納得していたが,ここ2回ほど他の人のメイクアップを覗いていたが,そのようなやりとりは確認できなかった。もしかするとプロのメイク係さんならではの肌の状態を測る指標があるのではないか。私自身は決して自分の肌がきれいだとは思わないし,知人からそう言われた覚えもほとんどない。しかし,メイク係さんは共通して,そう考える。きっと(素人では分からない)彼らに固有の評価規準があるのだろう。

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2005.02.14

卒業論文の評価規準

 本日,我が大阪市立大学・文学部・教育学コースでは,卒業論文口頭試問会を開催した。休憩をはさんで,10:40から19:20まで,大変な日程だった。私は,13論文の試問に参加した(主査を務めたのは6論文)。
ある論文について,評価が分かれた。その論文は,コンビニのアルバイターに対するコーチングの可能性をアクションリサーチによって追究したものである。テーマの斬新さ,アクションリサーチの手順の確かさなど,私は,自分が主査だからではなく,その独自性を高く評価したいと思った。
 しかしながら,企業内教育の体系が(第1章でそれに言及しているにもかかわらず)実践の分析に反映されていないとの否定的コメントがあり,総合的には,私が予想していたほどには高い得点には至らなかった。
 卒業論文を含む研究論文の評価は難しい。しかし,我が教育学コースのように,多様な領域・アプローチの研究者が集っている所帯では,卒業論文を評価する規準は多様にならざるをえないと思う。そして自分は,(まずい部分,足らない視点があっても)論文のよいところを積極的に取り上げる姿勢をこれからも堅持したい。あれ,それって,授業を視る眼と同じかも――。

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2005.02.12

NHK学校デジタル羅針盤第19回「基礎・基本の定着」

 12日,渋谷のNHKエデュケーショナルで,学校デジタル羅針盤第19回の撮影打ち合わせをおこなった。この回では,守口市立三郷小学校の浅香一世教諭による「わかる国語 読み書きのツボ」『どきどきすることば』を活用した授業が紹介される。この回のキーワードは,「基礎・基本の定着」だ。
 基礎・基本の定着のためには,個々の子どもたちの理解や習熟の程度を評価しなければならないが,そのためのツールに番組ホームページを活用するという手だてを浅香さんは試みている。そして,それにより指導のターゲットたる児童を明らかにして,彼は,(少人数指導ではないけれども)きめ細かな指導を繰り広げている。
 基礎・基本の定着のために浅香さんが採用した,番組やホームページの活用がどこまで功を奏したのか,何が課題として残ったのかを番組をご覧いただき,考えてもらいたい。この回は,2月25日,3月4日の午前11:30に放送される。また,25日以降,Webでも視聴可能だ。

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2005.02.10

梶田叡一先生のひと言(兵庫教育大学学長就任のお祝いパーティーに参加して)

 8日にも報告したが,同日,梶田叡一先生の兵庫教育大学学長就任のお祝いパーティーに参加した。主役の梶田先生を相手に,少しだけ話をすることができた。いろいろ話したが,次のようなひと言が印象に残った(胸にずしりときた)。
 「木原くん,中教審(梶田先生も委員をお務めである)の委員の中でも,評判の悪い人がいるよ。なぜだと思う。簡単なことだよ。時代が変わると言うことが変わる。そういう人は,いつか時代に置き去りにされるんだよ。」
 自分はどうだろう。そうならないように,気をつけてきたつもりだ。例えば,総合的な学習の時間の創設が我が国の学校教育に与える影響(学力,学習環境,そしてなによりカリキュラム開発)を尊重し,その実践の豊かさを実感するがゆえに,「確かな学力」の育成は,総合的な学習の指導法を教科学習に適切に適用して実現できると主張しているつもりだ。
 教育界は動きが激しい。ともすればそれに飲み込まれそうになる。教育学のように実践や施策と関係しながら進める研究の性だ。でも,学者ならば,自らの理論,教育現場への提言に確かな一貫性を持たせたい。梶田先生のひと言で,その意をさらに強くした。

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2005.02.09

「カリキュラム開発研究会」発足(Excellence and Enjoymentの購読会を終えて)

 本日,1月12日に続いて,本学の大学教育研究センター教授の矢野先生(英国通!)と院生2人(森さん,池上さん)で,9月に英国で入手した「Excellence and Enjoyment」という政府刊行物の購読会を催した。これは,私が研究代表者を務める科学研究費補助金による研究活動の一環で渡英して得た資料なので,一部翻訳して,報告書に掲載する予定である。
 今日の購読会では,英国の新しいカリキュラムにおける,バランスとアソシエーション(教科の連携)の強調を確認できたし,それがいかなる背景で台頭しているか,またどのようなシステムで運用しているか等を共通理解できた。
 ところで,購読会終了後,みんなで食事をしたが,その際に,この研究会はおもしろい,科研が終了しても継続しようと話題で盛り上がった。とりあえず,「カリキュラム開発研究会」と名づけることにした。矢野先生,私,そして院生の森さんは,それぞれ一回りも年齢が異なる(みんな,卯年生まれ)。それでも自由に意見を述べあえる,フランクな研究会だ。これは,矢野先生のお人柄に依るところが大きい。この「ラビット研」でしばらくがんばっていると,英国のカリキュラムに精通できるし,カリキュラム開発を研究する素養も身につくと思う。みんな忙しいが,がんばってみよう。次回は3月4日の予定。

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2005.02.08

梶田叡一先生に学んだこと(兵庫教育大学学長就任のお祝いパーティーに参加して)

 8日,新大阪で,梶田叡一先生の兵庫教育大学学長就任のお祝いパーティーが催された。私も参加した。梶田先生は,教育評価や自己教育論の第一人者で,私が大阪大学人間科学部・大学院人間科学研究科に在学していた時代,隣の教育心理学講座に助教授・教授としてお務めだった(私は,水越敏行先生が教授の教育技術学講座に在籍していた)。直接,卒論や修論等をご指導いただいたわけではないが,それでも,学部3年の時から大学院博士後期課程3年中退まで,7年間も梶田先生の講義や演習に参加した。当然,梶田先生のご研究に影響を受けた。
 梶田先生から学んだことは数多いが,ここでは,3つだけ紹介したいと思う。まずは,教育評価の体系である。有斐閣から出版されている『教育評価』(第2版)には,梶田先生が提唱されている教育評価理論が整理されている。特に,教育評価の基本枠組み,それを生かした教育実践の方法論等は,授業研究やカリキュラム開発を推進する際に,たいへん参考になる。今なお,私は,教育評価について検討する時には,この書をひもとく。
 続いて,自己教育力の構造モデルである。自信・プライド・安定性を基底におく,このモデルは,学校が育む子どもの能力・資質,その主柱を考える際の普遍的な原理を示唆している。
 加えて,梶田先生独特の授業のプロセスモデルだ。開・示・吾・入,守・破・離などのキーワードで語られる授業論は,西欧の授業モデルにはない特徴と味わいを有している。教育という営みは,民族や風土によって規定される部分が少なくない。そうした点から,和製授業モデルを提案しようとする梶田先生の志向性を,私も,自らの授業研究や教師研究にいい形で吸収させてもらいたいと思う。

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2005.02.07

小中連携教育が充実していれば――(小中連携教育の評価規準例)

 7日,ある地域の小中連携教育研究校を訪れた。小学校では3年生英語活動,中学校では1年生数学の授業を見学した。英語活動では楽しいゲーム等が導入されていながらも文字を扱っており,教師たちは中学校英語科の学習との連続性を開拓しようとしていた。数学の授業では小学校教諭が参加し,フォロー役を果たしていた。カリキュラム,指導組織などの点で,確かに連携が推進されていた。
 しかし,私は,それだけでは連携が充実しているとはいえないと感じ,それを具体的な場面で指摘した。例えば,両校の廊下や階段の踊り場,そして教室に相手校の様子を紹介する掲示や展示がない,中学校の授業に小学校の指導法・指導技術(例えば,グループでの話し合い,「鉛筆を置いて」といったていねいな指示)があまり採用されていない,朝学習や総合的な学習に連携が限定されている(最も大切な教科学習,それも考える力を培う指導と評価に連携が及んでいない)ことなどを手がかりにして。それらが,私の「小中連携教育の評価規準」例だ。
 もちろん,この地域の小中学校には大きな可能性があると思う。児童・生徒も教師も素直だからだ。子どもたちは,見知らぬ私にあいさつを投げてくれ,また,私の問いやリクエストに答えて(応えて)くれる。教師たちも,私の語りに必死に耳を傾けてくれる。今日の授業等では,小中連携教育について「おおむね満足できる」状況には至っていないが,彼らの努力と意欲は小中連携教育の充実にきっと結実するだろう。
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2005.02.06

eCCプロジェクトについてのリアクション-その2-(久保田科研打合会にて)

 6日,関西大学総合情報学部で,「『教育の情報化』に対応した双方向型デジタル環境に関する実証的研究」(代表者:久保田賢一)の打合会が開催された。そこで,昨日のbeatセミナーに続き,我がeCCプロジェクトの企画・運営を報告してきた。発表後,ファシリテータの能力・資質等について質問が出された。
 また,珍しく(?)水越先生からも「Webを基盤とする放送教育指導者養成プログラム(通称:虎の穴)開発から発展している」「カリキュラム・コーディネータの資質をきちんと把握している」といった。お褒めの言葉を頂戴した(一部,お叱りも受けたが)。

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2005.02.05

eCCプロジェクトについてのリアクション(東京大学大学院情報学環ベネッセ先端教育技術学講座のbeatセミナーで)

 5日,東京大学大学院情報学環ベネッセ先端教育技術学講座のbeatセミナー(第7回)が開催され,そこで我がeCCプロジェクトの実際を報告してきた(配布した資料は下のとおり)。発表後,次のような質問が出された。
 1)なぜミドルリーダーに着目するのか
 2)カリキュラム・コーディネータ間の協調学習の必然性は?
 3)プロジェクトの学びがその後,各人の実践にどのように活かされているか
 4)ある程度の知識を持っていないとこのプロジェクトに参加できない(学習が成立しない)のではないか
この質問内容からすれば,eCCプロジェクトの意義を聴衆にそれなりに分かってもらえたかなと思う。
eCCプロジェクトについては,3月19日(土)に鳴門教育大学で開催される日本教育工学会の研究会において,さらに詳しく報告する予定である。
「BEATKihara05.2.5.pdf」をダウンロード

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2005.02.03

学校研究のデザイン-その多様性-(清音村立清音小学校の校内研修会から)

 3日,岡山県都窪郡清音村立清音小学校の校内研修会に参加した。この学校の学校研究に,平成11年度からずっと,私は参画している。訪問回数も10数回を数えるようになった。同校は,現在,算数における「学び方」(数学的な考え方と表現処理を含む)の育成を研究テーマに掲げ,授業研究を継続的に繰り広げている。
この日,4年生と5年生で,算数的活動を取り入れた,そして時間の弾力的な運用(50分授業,60分授業)を生かした,授業が展開された。
 事後研では,支援や評価のあり方とともに,私に,次年度以降の学校研究のテーマ等に関するアドバイスが求められた。算数に焦点化する場合には,IT活用や発展的学習への挑戦を,もし教科をシフトするならば,国語の伝え合う力等に取り組む方向性があることを示唆した後,それらを並行して研究する可能性についても言及した。それも部会やプロジェクトを設けて各人がいずれかの教科の実践研究に専念する場合,各人が2教科にバランスよく取り組む場合など,それについても多様な道筋が考えられる。
 学校研究のデザインは,一様ではない。その学校の歴史や地域性,構成メンバーなどの条件と社会や時代の要請,地域の期待などの要因が複合的に作用して,決まる。次年度,この学校はどのような歩みを見せるだろうか。
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2005.02.02

社会科のデジタル副読本(龍野市立揖保小学校・清久教諭による社会科の発展的な学習)

 1日,龍野市立揖保小学校・清久教諭による4年生社会科と総合的な学習を統合的に扱った授業を見学した。この授業は,地域の安全,交通,産業,文化などについて,子どもたちが調査研究活動を繰り広げ,その成果を同市の社会科・情報教育の研究グループで開発したWebページにて公開するというものだ。このWebページは,旧来の社会科地域学習の副読本の内容をデジタル化したものであると同時に,関連する情報を子どもたちが収集した場合には,それらを公開することが可能である。
 私が見学した授業では,子どもたちが取材に出かけた様子を(まるでニュースのように)動画にまとめ,その試作品をテレビ会議により他校の子どもたちに評価してもらって,最終作品を作成するまでに必要とされる改善を確認しているところだった。
 子どもが教師や教育委員会,そして地域住民と作り上げる副読本,それをデジタルメディアが支えている。
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2005.02.01

生活科におけるメディア・リテラシーの育成(坂出附小の校内授業研究から)

 31日,香川大学教育学部附属坂出小学校を訪問し,動向の校内授業研究に参加した。当日の授業は2年生生活科の「もっと知りたい,伝えたい!自分のこと,みんなのこと-アンケートづくり-」の一環であった。子どもたちは,「8才のアルバムづくり」に従事するが,その際に,「自分自身に関するアンケートづくり」を試みる。本時は,そのための方法論,アンケートの構成や分析に関する思考様式を子どもたちに会得してもらおうとする場面だ。
 アンケートの構成や分析は,簡単ではない。例えば,男子だけを対象としてアンケートを実施したのでは,母集団全体の傾向を把握することはできない。逆に母集団を属性によって分割すると(例えば男女別,学年別,地域別など),新たな傾向を発見できることもある。
 子どもたちは,コンピュータでデータを並べ替えたり比較したりして,(教師が彼らに提供した)アンケートの回答の偏った抽出や一方的な分析を批判的に検討する。そして,それによって得た,アンケートの構成や分析の原理を自らのアンケートづくりにおいて発揮することになる(本時は時間不足でそこには至らなかったが)。
 この授業は,生活科におけるメディア・リテラシー育成の実施可能性を示してくれたように思う。
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