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2005.04.25

授業を見る目をグレードアップさせるために(『学校を創る 茅ヶ崎市浜之郷小学校の誕生と実践』を読んで)

 現在,『教師が磨き合う学校研究』執筆のため,様々な学校研究の実践事例を収集し,分析している。自らが関わっている学校の事例だけでは,執筆内容が狭くなることを危惧するからだ。
 その一環で,『学校を創る 茅ヶ崎市浜之郷小学校の誕生と実践』(佐藤学監修,大瀬敏昭他著,小学館)を読んだ。授業研究を核として学校づくりを進める学校として,あまりにも有名だ。だからけっこう早くに購入していたけれども,忙しさにかまけて,読んでいなかった。
 例えば,「(前略)――それに対して研究主任,カリキュラム開発担当には若手を配し,さらに研究関連の各担当には三十歳代の教員を当てている。頭の柔らかい若手が研究をリードし,学校を運営する管理部門にはベテランを配置するとともに,それぞれに権限を委ねるというシステムをとっている。」(p.40)という,学校研究を促す組織づくりなどに共感した。

 なお,最も印象に残ったのは,(直接同小学校の営みに言及したものではないが,)佐藤氏の次の叙述である。授業を見る目をグレードアップさせるための観察回数についての解説である。
 「教師が子ども一人ひとりの言葉にならない声を聴き取り,多様な感情や意見の摺り合わせを実現するためには,少なくとも百回以上の授業の観察と批評が必要である。自分自身の経験をふりかえっても,教室の出来事がひとまとまりの連鎖として見えるようになったのは,教室の観察が二千回を越えた段階であり,子どもの抱えている問題を教師の問題と結びつけて認識出来るようになったのは三千回の段階であり,子どもが学校の機構や地域の経済や文化と結びついて見えるようになったのは,参観した授業の実数が五千回に達した頃であった。」(p.225)
 おそらく,大学院生のころから数えて,私が見た授業数は,二千回から三千回の間だろう。佐藤氏の基準からすれば,私などはまだまだということになる。これを読んで,授業研究に対する意を新たにした。
 もちろん,単なる数の問題ではないとも思う。私が「自分が授業を見る目が肥えた」とはっきり思えるようになったのは,授業のよいところを発見するよう努め始めた時であり,授業間の連続性・発展性,授業とカリキュラムの関係性を意識するようになった時であるから。

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