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2008.06.06

いつでも授業をオープンにできるマインド

P1020567 本日,内地留学に来ている草柳教諭と,守口市立八雲小学校の重松教諭の授業を見学に行った。お得意(?)のメディア・リテラシーの授業だ。題材は,「大阪のおばちゃん」。それが,メディアによって過度にステレオタイプ化されていることの問題点を子どもたちに気づかせようとする,展開であった。
 教材や授業展開の工夫も見事なのだが,それ以上に,私は,重松教諭の「いつでも授業をオープンにできるマインド」に感心させられる。教職経験30年を越えると,一般には,授業をオープンにすることにためらいを覚えるものだ。ましてや,授業見学の依頼が,申し訳ないことにとても遅れたため(他の授業見学と調整する必要が生じたので),「突然,そう言われても--」と躊躇なさっても不思議ではない。
 草柳教諭の研究課題が情報モラルなのでそれに合わせた内容で授業を組んでくださるという配慮も含め,その姿勢に,敬意を表したい。

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Comments

 せっかく木原先生や草柳さんにおいで頂いたのに、「お年なのに落としどころ」が半端で申し訳なく思っています。「大阪のおばちゃん」の授業は、堀田先生の「メディつき」本に紹介して頂いたものです。今回、留学のテーマが「情報リテラシー」ということで、六年前の実践をリメイクしたいと思って「k・y」(考えて言う)をめあてに授業しました。「そんな大阪のおばちゃんをどんな場面で見た」と問おうとしたとき、前回と違う「違和感」を感じてしまいました。問うのをやめて、むりやり「メディアが作ったイメージ」に進めてしまいました。「ねらいにし向けること」は、「つき合い方の注意」そのものです。映像も示せず反省。
 お帰りになった後、いつものように子どもらに感想(評価)をききました。「川崎の先生にも大阪のイメージを聞いたらよかったのに」や「ヘキサゴンのタレントがほんまにアホかの方が面白い」とか、なかなかの感想が出ていました。あえて最後に「どんな場面でそんな大阪のおばちゃんを見た」と問うと、メディアではなく「実際に身近な人で」が大半。やはりねらいのためのネタが、この子どもらには合っていなかったと反省しました。ステレオタイプの例とするには、大阪ではもう古い、実際は言う方も言われる方もうまく利用して定着していると思います。今メディアに流れている旬のネタを使わないと今回のねらいは達成できないでしょう。今なら・・・。ただ、川崎の子どもたちになら「大阪のおばちゃん」は、今でも面白いかもしませんよ。
 どなたが見てようと子どもらとあーやこうやと授業しているのが楽しい担任を知っていて、自分たちも楽しもうとする子ども達です。
参観、ありがとうございました。

Posted by: 重松昭生 | 2008.06.07 at 07:03 PM

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