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2010.07.06

子どもたちにどこまで探究を委ねるか

P1160989 京都市立桂徳小学校で,第5学年の総合的な学習「達人に学ぶ」の授業を見学した。このテーマの学習には,40時間があてられているが,教師たちは,そのスタートに,10時間を費やして,子どもたちに,伝統工芸等の職人の技や人柄にふれさせている。そこから,今度は,地域の達人に目を向けさせ,探究を重ねるという展開を構想している。単元の週末には,それらの経験をもとに,子どもたちは,達人とその生き方に関するニュース番組を制作する予定である。導入の体験は厚みがあり,それゆえ,子どもたちは,複数の達人に共通する特徴に迫れていた。また,指導者が,ワークシートにきめ細かくコメントするなどして,それを支えていた。
 授業後の協議会では,子どもたちに,どこまで探究を委ねるかが論点の1つになった。上記のような豊かな体験をさらに重ねて,子どもたちの中に達人の技や人柄を「伝えたい」という気持ちが熟すのを待つのか,どこかの時点でニュース番組の制作というゴールを指導者が提案するのか--。いずれも,探究的な学習が成立し,発展する可能性はある。それゆえ,彼らにどこまで探究を委ねるのかという点は,子どもたちのこれまでの総合的な学習における経験や学校としての全体計画に依存するのではないかと,私は考える。

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