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2010.10.29

完璧な授業などどこにも存在しない

 ある中学校で催された授業研究の事後協議会で,授業者が「今日の授業は,完璧でした」と自評した。ふざけておっしゃったかもしれないが,「完璧な授業などどこにも存在しない」という哲学を有している私は,その発言に違和感を禁じ得なかった。それゆえ,協議会の最後に求められたコメントで,その危うさについて言及した。
 もちろん,指導案どおりに授業が進んだとか,子どもたちが一生懸命学んでいたといった,授業の様子は確認できた。だから,当該研究授業は,悪い授業ではないし,授業者が達成感を得られたのは喜ばしいことではある。
 けれども,その授業は,私からすれば,チャレンジがないと言わざるをえない。当該教科の実践動向が踏まえられているわけでもないし,学力向上のための工夫も皆無に等しい。要するに,研究授業を「こなす」ことが目的のように感じられた。それでは,先日の記事にて私が主張したような,授業研究が「語りと探究のコミュニティ」の成立と充実の舞台として機能しないのではないか。
 それでも,授業研究をやらないよりは,ましなのかもしれない。けれども,そうした形式主義は,子どもの学びに再帰するような気がしてならない。研究授業は,ある程度,そのデザインを練って初めて,事後協議会を活性化するパワーを持ちうる。たとえ,予想通りに進まなかったとしても。
 ちなみに,その「完璧」発言をしたのは,初任教師であった。

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